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ギャラリーイブシ

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瓦の性能 瓦の性能

●防水性:吸水率=5.5%
屋根に求められる第一の性能は、防水性です。 普通の地域では年間1500から2000ミリの雨が降り、多い地域では、 4500ミリ以上の降雨量が記録されます。 三州瓦は、水はけの良い形をしており、表面はなめらかで、雨のはしりがとてもよく、 雨の多い地域でも心配はありません。 また、吸水率は少なく、透水試験でも異常は認められませんでした。 防水性は万全の屋根材です。
●耐火性:加熱質量変化率=0.08%
屋根は一般に不燃材で葺くことが望ましく、建築基準法で可燃材は使えない地域もあります。 三州瓦は、1100度の単窯で22時間から26時間かかってじっくり焼成されてますので、 表面はなめらかで、全体は高温で焼きしめられ、耐火性能の点でも問題はありません。
●耐寒性
同一内容である陶磁器質タイルの凍結融解試験(JISA5209.7.11)は、 繰り返し回数を10回としています。 三州瓦は、それを上回る30回の試験を行いましたが、ひび割れ及び剥離欠点は認められず、 耐寒性に関しても優れた性能を有することが立証されました。
●その他:快適性能・耐久性能
上記の他にも三州瓦は、通気性・断熱性・遮音性に優れ、 快適な住まいの構築を実現します。
また、スレート系や金属系のように塗装を塗りかえる必要もなく、 何百年の風雪にも耐え得る屋根材です。

瓦の歴史 瓦の歴史

●瓦の伝来
瓦が日本の伝来したのは1400年以上前、飛鳥時代の始まる少し前である。 中国から朝鮮を経由して伝来したという記録が残されている。
百済から588年に僧・寺工・鑪盤博士・画工とともに4人の瓦博士が渡来したという 記録が日本書紀にある。
日本書記では588年が瓦元年であるが、遺構をみると法興寺より古いとされている向原寺など からも高句麗系の瓦が発見されており、高句麗系の瓦工がすでに渡来していたとする説もある。
国内の技術者による本格的な国産化は607年に建立された法隆寺で、 百済から渡来した瓦博士の手を離れ、わが国の瓦大工が独自の技術で瓦を製造したと言われている。
●日本人が発明した桟瓦
われわれが瓦として、まず想像するのは和瓦と呼ばれるもので、 その形状はわが国独特のものである。
和瓦は桟瓦とも呼ばれているが、これを発明したのは西村半兵衛で、 三井寺の瓦工として10年の歳月を費やして作りだしたと言われている。
しかし彼が発明したのが現在見られるような桟瓦であったのか、 平瓦と丸瓦を一体化させたローソク桟瓦であったかは定かではない。 また彼は軽量の瓦を開発するため江戸に火除け瓦を見に行き、 これをヒントに桟瓦を開発したとも言われている。
当時この桟瓦を関東では江戸葺瓦、関西では簡略瓦と呼ばれていた。
●歴史に残る珍しい瓦

■日本最古の瓦
朝鮮から渡来した瓦博士が造った飛鳥寺(法興寺)の 創建瓦は昭和31〜32年の発掘調査で発見されている。飛鳥寺は蘇我馬子の発願により建立され、 一つの塔と三つの金堂よりなる伽藍配置だったという。 この時の瓦の製造は、飛鳥寺から約75m離れた小高い丘に作られた登り窯であり、 これがわが国最古の瓦屋(がおく=瓦製造工場)であったと言われている。

■瑠璃色の瓦
767年、平城京東院の玉殿に瑠璃の瓦を葺いたという記事が「続日本紀」にあり、 今世紀になってから始まった平城京の発掘調査では、実際にその東院から 唐三彩をまねた三彩瓦や緑釉を施した瓦が出土している。古代人の色彩感覚は 我々が想像する以上に情熱的だったのかも知れない。 そういえば古代ギリシャのパルテノン神殿はすべて原色が塗り施されていたという説もある。 しかも屋根は同じ瓦葺だった。

■行基瓦
奈良時代に僧行基が考案したといわれる瓦で、遺構としては奈良の元興寺極楽坊本堂と 禅室の一部があげられる。形はスペイン瓦に似たユニークなものだったが、 全国でも例は少なく一般には普及しなかったようである。本瓦よりも製法が簡単であるのに 普及しなかったのは、形が日本人好みではなかったせいであるとも言われている。

■黄金の瓦
織田信長は、1576年に安土城を築くさい、金箔を貼った瓦の製作を、 明(当時の中国)人一観に命じた。彼は、瓦を造るときに木型と粘土との間に雲母粉(きらこ) を使って粘土をはがし易くする技術と、いぶして焼く方法をもたらし、 わが国の瓦の製造技術を飛躍的に進展させた。安土城は、完成後4年目で失火により 全焼したので当時の有り様は詳細にはわからないが、出土品から推察すると金箔を貼った瓦は 主として軒瓦などの役瓦だけであったらしい。

■日本型スペイン瓦
スペイン瓦は上瓦と下瓦に分かれている。大正の末にスペイン瓦の流行に刺激されて 愛知県の三河地方で造られた瓦は、上瓦と下瓦を一体化させた。 S字型をしているところからS型瓦と呼ばれる。

■ジェラール瓦
明治初年にフランス人ジェラールは、洋風建築に使う瓦の需要を見越して 横浜でフランス瓦の製造を始めた。彼は明治政府の雇ったお抱え外国人のひとりであったが、 先駆的に機械力を使う近代設備を持った製瓦工場を作った。 わが国の一般の瓦業者が近代設備を導入するのは、ジェラールに遅れること50年経ってからである。

愛知県陶器瓦工業組合「瓦のはなし」より


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